春の那須・茶臼岳

2021年5月

 2月に心臓冠動脈の狭窄のため入院して約5時間のカテーテルを受けたので、リハビリを兼ねた毎朝のウォーキングで6sのリックを背負って6q歩けるようになってきたので好きな山歩きをしたかった。

 GW中の5月4日は天候は晴れて安定するとの予報があったので那須・茶臼岳(1915m)を登ろうと準備して出発した。県営の駐車場に8時頃の着いたが満車で広い通路に駐車する以外にないなと思っていたら一台が下山したので運よく駐車が出来た。

 いつもの様に登山カードを書いて登山口の鳥居をくぐり近くの「山の神」にお参りしてから石段の山道を登り始めた。
団体登山者の出発準備 石段を登り始めるが足が重い
 
 残雪があった 近くで休んだ人が写真を撮ってくれた
  登り始めてから30分ぐらいはいつも息苦しく辛いが、今日は何故か右足が上げるのが重く感じた。やはり治療
で開口した右鼠径部が完全に戻っていないのかもしれない。

 少し登り、止まって休みの繰り返しで森林限界まで登った、はるかに峠の茶屋跡避難小屋が見えると気分がよく
なり体も少し楽になった。

 
峠の茶屋跡避難所の直下の残雪道
 
 小屋付近から眺めた三倉山、大倉山、流石山
 
 コロナ禍で外出自粛中だが天気予報で安定した晴れるとなれば誰も外に出たくなる。まして山登りなら感染リスクは低いと考えたのか思ったより多くの登山者である。

 若者や家族連れの登山者が目立った。マスクをしての登山者は30%位ぐらい居た、出会いの挨拶もなかった。私はマスクは苦しいので着けず会話も少なくしたので無言の登山になった。
 
茶臼岳の噴煙が見えない、雪で塞がったのか?
  山頂に向けて出発、今まで何度も登った急な登りだがやはり休む回数が多くなった、可愛い幼児を連れた夫婦が前を通り過ぎたので「ガンバっているね、お嬢さん幾つ?」と聞いたら「8歳!(^.^)」と答えてくれた。

 小学生ぐらいの子供を連れた家族が結構多く登っているのは連休は子供達が外に出たいだろうし、山なら感染しないだろうと親の考えでの行動だろう。

この先からは登りが続くが、若者は軽々と登って行く
 
 ロープウエイ利用の登山者に出合った、山頂は近い
 
 休憩した避難小屋から山頂まで亀のような登りだったので70分もかかった。登山口出発が8;20、山頂到着が11:00、休憩を入れて2時間40分もかかったことになる。登山案内書の時間の二倍の時間を要した。

 やっと登って来た山頂で味わう感動と達成感、素晴らしい風景、おいしい空気、何度登っても苦労しなくちゃわからない喜びがある、だからまた来たくなるのだ。
 
山頂の鳥居だ  登頂記念
  多くの登山者で賑わっている山頂の空いたスペースでコーヒーをゆっくり味わい、コンビニのおむすびを食べたが吹き渡る風がより美味しくしてくれている。

 山頂写真を撮りたいと思っていたら、宇都宮から来た中年の夫婦から撮って欲しいと依頼された。お互い記念写真の撮影交流が出来た。

 下山道で下をみたら・・・こんな急な坂を良く登ってきたなぁ〜・・降りるのに一苦労だ!!
山頂での素晴らしい風景
 
 危険なのは下山路での怪我だ、転ばないようにゆっくり、ゆっくりだ!

帰宅途中のカフェで考えた事は

 下山してから帰りに行き付けのカフェで森を見ながら考えた、登り始めの苦しい登り道で二度も休んだ時に何故戻ろうと思わなかったのだろうか不思議だ。

 あの時は登ることだけが頭の中を占めていて戻ることは全く考えてなかった。前進が全てだった、目標に向かってゆっくり一歩一歩登る、足が上がらなくなったら休む、休めば楽になる、また登るだけだった。

 山頂でしか味わえない感動と達成感、山は今年83歳になる私の背中を押して前進させてくれる場所だ。石段を登る訓練をし足腰を鍛えてまた登ろう。
「下り坂の知恵」
山登りは人生の縮図である、辛い時を乗り越えた時の

喜びや感動など人生の疑似体験が出来る

人生のピークを過ぎたらそれからは下り坂である。

降り坂になったら今まで持っていた能力や資源をしだいに失って行くのだ、

昨日出来た事が今日出来なくなったり、

今日出来た事が明日は出来なくなるかもしれない。

老いるとは弱者になること、

弱さを認めて自分が持ていないものを他人から引き出して使おう。

頑張ってますねと褒められたりすると、つい実力以上に

頑張って無理をしてしまうこともある。

自身の弱さを認めて年齢に関係ない山仲間との交流は

続けたいと思っている。

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