間質性肺炎の三年目
 
2025年8月

薬の副作用で「ひとり旅」に出られない

 難病といわれている「間質性肺炎」を発症して3年が経つが生活は従来と変わらず生活ができている、有難いと思っている、常に主治医や家族、取り巻く仲間に感謝している。

 治療方法がないという病気だがこの病気の進行を遅らせることが出来る「オフェブ」という薬を毎日、朝夕二回、一錠(150㎎)を飲んでいるが、この薬には副作用がある。

 今年に入ってから軟便が続くようになり、整腸剤を飲むようになった。ここまではよかったのだが、最近になって下痢症状が目立ってきた下痢と体重の低下である。下痢は下痢止めの薬を合わせて処方されいるが完全ではない、逆に便秘になることもあるので厄介である。

 間質性肺炎の進行を遅れさせる薬  副作用の内容「下痢と体重減少」で悩む
 
 薬ばかり増えて問題ないのか不安が「あっても飲んでいる。体重が6月から低下し始めて一か月後には約5㎏低下し55㎏になった。その後食欲はあるのでおいしいものをよく噛んで食べるようにしたら7月末には57㎏まで戻って来た。
三陸のスケッチ旅(2024年・秋)
  
 体調が良い日が続くと趣味の「ひとり旅」に出たくなるが外出時にはいつもトイレの心配をしなければならなない。だからバス旅行は無理だろうなぁ~と思う。

 間質性肺炎との戦いが長く続くのだがこんな状態がいつまで続くのだろうか、高齢者の間質性肺炎の余命はどれくらいか調べてみたら発症してから平均4年となっているのも気になっている。

 
人生は帳尻が合うようになっている

 人生は帳尻が合うようにできている。何かを得たら何かを失い、何かを失えば何かを手に入れる。そして最後にはプラスマイナスはゼロになるという説がある。

 長い一生を見れば、どんな人もいいことや悪いことに繰り返し見舞われる。雨のあとには、きっと青空が現れるのだから自分に与えられた条件のなかで一生懸命生きることが大切というのが86歳になった私の実感である。

   
  ”いのち”を感じるひまわり!  

 間質性肺炎という病と共生しなら「人生100年時代」と言われて久しいから、私はまだまだ先は長いと考えたい。これまでたくさんの失敗も経験したし、苦しいこと、楽しいこともたくさん経験してきた。労作性狭心症という病いで入院、手術で途中退職、その後は韓国の中小企業に20年間勤務したりの波乱に富んだ人生も経験してきた。

 苦しい時は諦めず歯を食いしばいじっと我慢しながら、努力もしたが何とか目の前の壁を乗り越えてきた。不幸も幸せも移り変わる人生だ「人間万事塞翁が馬」という故事を思い出す。

 人生100年時代(フリー画像)

 人生における幸不幸は予測出来ない、心の持ち方次第で変わる。これからも楽観的に穏やかなにアクテブに生きて行きたい。
 
 

間質性肺炎のマーカー値

 間質性肺炎の肺機能の状態を表す「KL-6」と言う数値が血液検査で分る。発症した当初の二ヶ月間はKL-6値が2,000U/mL前後であった。2024年4月以降は正常値である500以下になっているからで治ったと考えたのは間違いのようだ。

 
2,023年 2024年 2025年
5月25日 1104 4月25日 499  2月6日  376
6月22日  984 5月23日 422  4月17日  389
8月24日 751 8月15日 324  6月12日  331
12月7日 636 10月17日 329  8月7日  286

 肺のCT写真には依然としてモヤのような箇所がありこれから拡大する可能性も残っている。KLー6値はあくまで一つの指標であり不治の病に変わりがない。病気の進行を遅くする「オフェブ」薬の効果と合わせて免疫力の強化の努力が必要である。

   
  肺の状態(40年前のバイパス手術のワイヤーも見えた)  

これからどんな世界が体験できるのか!!

 治療方法がなく、病気の進行を遅らせるだだけの薬を飲みながら趣味生活で生きている。

生きているだけで社会のためには立てないが死ぬまでは生きていたい、生に執着するつもりもない。

他人から「何歳まで生きたいですか?」と聞かれたら何と答えようか?

「元気でいられる限り、いつまででも。」

「今日一日を大切に生きているので、年齢にはこだわりません。」

「周りに迷惑をかけず、自分らしくいられる間は生きていたい。」

次はどんな世界を体験させてもらえるか、期待に胸を膨らませながら死ねたら最高!とでも言おうかな。


宮古市・浄土ヶ浜を歩く(2024年・秋)
 那須高原のコブシ(2025・春)
 
 時々、私の残された日々はどれほどあるのだろうか考える。自分の心と体からの声をよく聞いて、

大切な人たちとの時間を大切に過ごし、感謝の気持ちを伝え、人生の最終段階を豊かに過ごすのだ。


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