2020年12月

  コロナ禍の一年が終わろうとしている。今年も毎朝4時に起床して朝の5時前後から6kgのリックを背負って6kmを歩いて来た。一年間を振り返って「ウォーキング風景」として纏めました。

 病院通いは続けているが、まずまず健康で過ごせたことに家族や病院の先生、仲間達に感謝しています。健康の維持のための運動は私には歩くこと以外は出来ない。

 朝起きて着替える時に立ったままでパンツを穿けたのがいつの間にか時々よろけ横の壁に手を添えるようになった。気が付かない内に老いは忍び足でやって来ているのだ。

1月~3月

 1月、早朝ウォーキングで朝日橋から元旦の日の出に向かって一年の健康を祈った。ふと「気がつけば八十路を越えた」自分がいたのだった。

 2月に中国で発生している新型の肺炎のニュースがあったと思っていたら、日本ではクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号内での新型コロナ感染で横浜港では防疫で大変なことになった。

 3月になって世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス(COVID-19)について「パンデミック(世界的流行)」と表明した。国内の感染者が増加している。30日には今年行われる予定の東京五輪が来年の夏に延期になった。

元日の日の出 日の出の中で
2月の朝のハウスは赤い 厳しい寒さ
3月、明るくなる時間が早くなった 初春の那須山の遠望

4月~6月

 4月に入っても世界は新型コロナ一色で日々感染者の増加情報が増えていく、まさかこんなに広まるとは。いつ収束するか見えないので疲弊の度合いが増す。

 海外からの入国遮断、外出自粛やイベント中止経済に与える影響ははかり知れない。16日には緊急事態宣言を全都道府県に拡大した。

 5月25日に緊急事態宣言が解除された4月7日からから約二か月半のステイホームで自粛生活をして来た。明日からやっと自由に外出できることになると思っていたら・・判断が甘かった。

 6月に入ってもコロナ終息の先が見えない、緊急事態宣言が解除されたが東京での感染者が50人前後発生している。

 感染の終息も見通せない中で普段の平凡で平和な生活がいかに貴重であったかをコロナ禍による外出自粛の日々を送っている私たちに教えてくれている。

さくらの花は今年も同じに咲いた 人影は少ないがマスク姿で歩く
5月には田植えが始まった 青く染まったいつもの道
那須山の遠望 暑くなり、マスクなしでも・・OKか!
7月~9月

 7月の始めに、九州地方の豪雨災害で多くの人命が失われた。犠牲者のご冥福をお祈りしたい。繰り返される自然災害の原因は温暖化現象が指摘されている。自然を破壊して来た人類への警告なのかもしれない。

 8月、毎朝出会う年配の女性から四葉のクローバーをプレゼントされたのがキッカケで四葉、五葉のクローバーが満載してある鉢をプレゼントされるまで発展した。

 9月に敬老の日があったが今年は地区の敬老会はコロナで中止。現在日本には100歳以上の老人が8万人いて、65歳以上の人が3,600万人で人口に占める割合が28%。世界一の老人大国になっている。

 現在のような生活が出来るのも家族や周りの人々のお陰であり感謝の心を忘れないようにしたい。
いつも出会うおばさん二人のおばさん 服装だけでも若々しく
飛べずに道路の真ん中に居たトンボ 8月は気温が上がって朝から暑い
無耕作地の雑草が刈り取れれた 初秋の頃(9月)

 10月~12月

 10月には「チャリティーウオーキング」に最年長で参加して県北・西那須野ー大田原ー黒羽の旧・東野鉄道の沿線(18km)を歩いた。

 11月は全国の八百万の神様が出雲大社へ会議に出かけてしまうからこの月は神無月(かみなづき)であると以前から言われている。年に一度、出雲大社に集まった神様たちの会議の議題はなんだろうか?

 コロナ感染の第三波が日本に広がった、もう一段と防寒対策をしなければ!!。

 12月、気が付けばあっという間に時間が過ぎて、また今年も終わってしまう…せっかくの自分の人生、歳を重ねるごとに時間を速く感じる。もう一度これからの過ごし方を見直してみよう。

 一段と寒さが深まり、冠雪の那須の茶臼岳も寒そうだ、防寒対策をしっかりして歩こう。出会う人も居なくなった。年末になっても東京ではコロナ感染が増え続けて危機的状況になってきた。大田原市内でも3名の感染者が出た。

夜明けの空 10月、稲の刈入れが始まった
満月が西に沈む 冬山支度で歩く
無心、ただ無心で祈った(大田原神社) 誰にも会わないから自撮り(5:50)

  今年も一年間歩き続けられた、支えてくれている家族に感謝したい。早朝のウォーキングは足腰を鍛えることは無理だから少なくとも劣化のスピードは遅くしたい。

 これからもずっと人生の扉を開けて愛する人たちのために 生きて行きたい、旅路の果てに 輝く何かがあるはずだと信じて来年も歩き続けたい。

 




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